演技について

 「梯雲演戯ワークスタジオ」で指導する演技の基本は<いかに自由に演じるか>ということです。
 このことは体を使う「演技」のみならず、朗読やナレーションなど「声による表現」でも同じです。
 簡単に言うと、世間で広く行なわれている演技指導の場では、たいてい<動きなどの段取りを、演出や指導者の指示通りに正確に行なうこと><セリフを間違えずにいうこと>などに重きが置かれることが多いようですが、そのように演技を認識すると「演技には記憶力が最重要」ということになってしまいます。その証拠に年配の俳優など「最近セリフが覚えられなくてなぁ」と嘆きます。

 しかし、それははっきり言って、「演技」というものを長年にわたって誤解してきたからなのです。
 「演技(セリフと動き)は記憶するもの」ではありません。

 でも、確かに説明を目的としたセリフなどは「覚えなければ言えない」ようなものもあります。
しかし
大切なのは「心の動きに基づいた言語行動(セリフ)と身体行動(動き)」なのです。
 そのためには台本に書かれた言葉(セリフやト書き)の「意味」を深く読み取ることが必要です。
 意味を読み取り、その意味を実現する言葉と動きを展開するよう心がけることこそが重要なのです。
 だから意味の読み取りが浅かったり、意味の解釈を間違えていると、すなわち心が間違って理解していると、セリフや動きを間違えるのです。
 さらに念のために言いますが、セリフや動きを間違えることを恐れてはいけません。
指導者や演出も間違えた事実だけを指摘したりとがめてはいけません。間違えたときは誰もが
<なぜ>と問うことです。間違えた理由を考えるということです。すると自ずと解決の道が見つかります。また見つけないといけません。
そうすることが演技を本当に楽しいものにするのだと思います。だからこの塾では「演技」と言わずに
「演戯」と呼びます。
 ちなみに
私は指導する場においては必ず「理由」(なぜ)(だから)を説明します
 理由の説明ができないものというのは勉強であれ仕事であれ言われた側は納得できないものだと思うからです。

 演出や指導者はもちろんのこと、演技者も
「演技は記憶」だと誤解してはいけません。


表現について

 「表現」というのは先述した「意味すなわちす」ことを言います。
 心はその持ち主によってさまざまな「表現」を展開させます。
 ある人は怒りを表すのにニヤッと笑うかも知れませんし、眉間にシワを寄せて困った顔になるかも知れませんし、怒鳴るかも知れません。
 個性の面で言えば、その登場人物は心をどのように表現する人間なのか、そして普遍の面で言えば、多くの人間はこの心(気持ち)をどのように表現するのかを考えることが大切です。

 人間は個々に全て違う心(考え、気持ち、価値観、体験、知識を持っています。それを
個性と呼びます。
 しかしそれを一般化したものが「常識」とか「固定観念」とか「類型」とか呼ばれる観念です。「誰でも〜だ」とか「みんなが〜だ」とか「普通〜だ」とか「〜らしく」という言葉はその一般化された観念を表します。

 そのような認識で演技をすると「役の存在感」が薄れます。
 世間でも「責任の存在(感)」を薄めたいときには「誰でも違反している」とか「みんなが反対している」とか「普通、知っている」という言葉を使いますでしょ?

 どんな登場人物も類型的な表現をすると「それ
らしく見える」だけで「個性」は感じて貰えないのです。この評価はその役を演じている演技者の評価にもなってしまいます。つまり「個性的でない演技者」になってしまうということです。
 ただ、演技表現された人物があまりにも観る人の共感を得られない心の持ち主に見えたとしたら、役そのものが納得されません。

 いかにして「個性的」で、かつ「観る人に共感される(普遍的な)」登場人物を作り上げるかということは演技者にとって大きな課題です。
 解決の糸口は「それらしい演技をやろう」とか「どうすればそれらしく見えるか」などと考えずに、まず、
「自分と言う人間」をよく観察することです。
 


発声について

 「発声」は<発音・共鳴・呼吸>を大きな3つの要素と考え、これに<音域>と<アクセント>を補助的な要素として加えています。
 世間で時折見受けられる誤解を指摘しますと、
演劇には大きな声が必要だという思い込みなどがそうです。
 大きな声など通常生活を支障なく送れる人なら誰でも出せます。
 問題はその「大きな声」を出すか出さないかというだけのことなのです。
 そして、その大きな声(声量としておきますが)を得るために、やみくもに腹部の筋力トレーニングを行なうのも間違いです。
 むろん、やらないよりはやったほうがいいかも知れませんが、それほど重要ではありません。むしろ
間違った筋力トレーニングや、それと同時に発声訓練をすることによって声帯を傷めることがあるので要注意です。

 次に、発音を明瞭にするために「大きな口を開ける」という指導もありますが、これも間違いです。
 アナウンサーの口の開け方を見ればお分かりでしょう? 
 
発音の中心となるのは舌の動きです。さらに補助的に唇や呼吸や共鳴が関わっています。大きな口を開けるのは<共鳴>した声、すなわち響く声を出すためです。
 大まかに言えば、
<他者に伝達する>という意志で声を出し、明瞭に発音するという意識を持つだけでもかなり有効な「発声訓練」になります。
 もちろん、塾での訓練としては理論的な勉強と、訓練方法を指導します。


態度について
 

 「梯雲演戯ワークスタジオ」の訓練を受ける上で重要な態度というのは、常に考えること、想像すること、そして行動することです。
 言われたこと、指示されたことを守って実行していただくことはもちろん大切ですが、それだけではかなり不十分です。常に考え、自分の意見を持ってください。
 そうなると今度はそれが「頑固」という態度に変化しがちです。
 ところがこの
頑固というやつは相当に演技の向上を阻害します
 そこでさらに、その自分の考えにこだわりすぎず、他人の意見も考慮する姿勢が必要です。つまり
心の柔軟性も必要なのです。なおかつ自分の意見をしっかり述べるということを求めたいと思います。。

 難しく説明するとこのような受講態度が大切なのですが、あまり深刻になる必要はありません。
 自分の考えや感情について、あるいは他人の考えや感情についても
<なぜ><どうして>という原因、理由を探ればその本質が見えてきます
 たとえば、さきほどの
「頑固」の本質は「自己防衛」なのです。
 自分の考えが他者と違う場合、仮に他者の考えのほうが正当だと感じたら「自分が失われる」ように感じてしまうのです。
 そこで「自分を守りたい」という気持ちが他者の考えを否定する、すなわち「頑固」な態度になって現われてくるのです。
 冷静に自分に対して<なぜ自分は・・・>と問いかければ、本当の自分の姿が見えてきます。

 また課題や指示については必ず実行してください。
 自分の考えを持っていただかないといけないのですが、「演技表現訓練」をするというのが大前提ですから、それに反する言動は間違っています。
 また、演劇の公演はもちろんのこと、その
訓練も「共同作業」なのですから、いろいろな考えがあることは認めますが、自分の都合で他者のヤル気を損なうような言動も問題です。

 
人間は一人ではないということを忘れないで行動しなければなりません。